** 左手に花束、右手にあなた **


 庭師は手際よく庭に咲き誇るチューリップを摘むと、特に美しく咲いているものを数本選び出した。 そしてそれらの茎の長さを揃え、「どうです、きれいでしょう」と俺に手渡した。それを受け取りながら無言で頷く。
 俺が誰にこのチューリップを渡そうとしているのか、庭師は知っている。 それが無性に恥ずかしくて照れくさくて、俺はぶっきらぼうに礼を言うとすぐに庭を後にした。
 あいつは今頃執務中だから会うことはないとわかっていても、俺は急ぎ足で部屋へと戻った。机の上に置いておいた花瓶に、さっきもらったチューリップを活ける。 それを日あたりの良い窓辺へ移動させると、今度は図書館へと向かう。目当てのものは「花束の作り方」とかそういった類が載っている本だ。
 庭師に頼んで綺麗なチューリップを分けてもらった。包装と、レースのついたリボンも用意した。 それだけで何度か心臓が張り裂けそうな思いをしたが、明日はもっとヤバいだろう。
 でも敵前逃亡だけは、男としては絶対にしたくないところだ。……相手は敵じゃないけど。
 目当ての本は見つかったけれど、花束を作るのは容易ではなかった。 チューリップだけでは芸がないと気付き、カスミ草を分けてもらおうと庭師の元へ再び向かったりした。 庭師は既に予想がついていたのか、カスミ草を準備してくれていた上に、花束の作り方まで指導してくれた。おかげで花束は完成したし、不出来にもならなかった。
 ……庭師とは花束の作り方も知っているものなのだろうか。「うまくいったら、報告してくださいね。楽しみにしてます!」と笑顔で言い放たれた。 くっ、こいつもどこぞの天使と同じく楽しんでやがる……!


 翌日朝、あいつが執務室に行く前を見計らって部屋を訪れる。ノックすれば、誰何を尋ねる声がした。それはひどく間延びしていて、寝起きであることがわかる。 ちょっと早く来すぎただろうか?
 答えると、中からゴソゴソバタバタガタガタズルッと音がした。慌てているのが手に取るようにわかって、思わず吹き出してしまう。 ドアが開いて、そこから顔をだしたそいつは、目を白黒させていた。
「ゆ、ユノ! こんな朝早くからどうし……」
「お前、寝ぐせ凄いことになってるぞ」
「ふえっ!? ユノ、もうちょっと待っててください……!」
 再びドアは閉められ、また中からけたたましい音がし始めた。やっぱりそれがおかしくて、ドアに片手をついてひとしきり笑う。 それが落ち着く頃音がやんで、身だしなみを整えたあいつが現れた。
「えーと、ユノ? 突然どうしたんですか……?」
「つれていきたいところがあるんだ。ラーヘルの許可も取ってるし、早速行こうぜ」
 それだけ言って、手を取って歩き出す。ええっ? と裏返った声がしたが、無視した。
「どこに行くんですか!? というより、どうして突然……!」
「突然なんかじゃねぇよ」
 中庭の見える廊下で、俺は歩みを止めた。疑問符を頭上に浮かせたそいつに、ぐいと持っていた花束を突き出す。
「今日はホワイトデーだから。バレンタインデーの、お返し」
「……」
 忘れていたのだろう、鼻先につきだされたチューリップの花束をじっと見つめていたそいつの頬が、じわじわと赤くなっていく。
 それを可愛いな、とぼんやり眺めた。……クソ、慣れないことしてるからだろうか、俺の思考回路もまともじゃなくなってきてるらしい。
「今日は、川に行こうぜ。噴水じゃまともな水遊びできないからな。天使に弁当作ってもらったし、今日は一日中遊べるぜ」
「ユノ……!」
 左手に花束を持ったそいつの右手を引いて、俺は進む。絡め合った指を、離したくないとただ思った。


writer : あいざわ


...happy whiteday and thanks a lot