** 甘やかす日 **


 今日は人間界で言うホワイトデー。バレンタインのお返しをする日だ。
 いつもは何もしなかったため何もない日だったが、今年は違う。
 愛しい愛しいあの子から、愛の詰まったチョコレートをもらったから。
 お返しは愛を込めたおれ。
 ……さて、どう甘やかそうか。


「セシリアが作ってくれるお菓子は、本当に美味しいです!」
「ありがとう……。喜んでもらえて、嬉しい……」
 満面の笑みに、心が温まる。無邪気な笑顔と共に寄せられる信頼は、出会った時から変わらない。
 この笑顔と共に在りたい。独り占めしたい。そのためだけに彼女をさらい、おれの城に閉じ込めて、彼女に怪しまれない程度に外界との接点を潰してきた。
 網を逃れた馬鹿がゴーヤを持ち込んだのは失敗だった。
 おれの好物だと信じている彼女は、せっせと世話をして増殖させている。苦手だと知られたら泣きそうので、もはや引っこ抜く事も出来ずさっさと諦めた。
「セシリア?」
「なんでもない……。お茶のおかわり、いる……?」
「私がいれます!」
「……嬉しいけど、駄目。今日は……」
 ホワイトデーだから? 関係ない。
 この子はいつもいつまでも甘やかしていたい。この子の中にはおれだけで、おれ無しでは存在出来ないぐらいどろどろに甘やかして縛り付けていたい。
「今日は?」
「……甘やかしたいから」
 それはいつもだと思います。と言う彼女の台詞を無視したくて、その甘い声を可愛い唇に閉じ込めた。


「ホワイトデー?」
「そう……バレンタインデーのお返しをする日……」
「いつもセシリアにお世話になっているから、お礼がしたかっただけです」
「おれも……お世話になっているから、お返し……」
 これは本当。彼女がいるから退屈でわずわらしいだけの魔界が気にならないし、長過ぎる生に飽きてきたおれでも生きていたいと思える。
「セシリアのおかげで、私はここにいるんです」
「おれも同じ……」
 その困った顔が見たいから、説明する気は無いけど。
 しかし、甘やかすと決めたけどどうしたものだろうか。
 何かを贈るのは日常茶飯と言って良い。あまり甘やかしていると言えない気がする。
 外出……却下だ。彼女の思考はおれだけに向けば良い。
 食べるのも却下。何百年先もすぐに思い出せるような特別な日が良い。その方が彼女の恥じらう顔が見やすい。
 困った。
 彼女といると、いつも新鮮な驚きがある。意外と自分に幅がない所とか。これは早急に対策を立てないといけないが今は間に合わない。
 ……じゃあ本人に聞いてみようか。
「――だからいつも甘えてばかりだから、私もセシリアに甘えてほしくて……あ、あの、言葉のあやと言うか、私じゃ頼りないですけど!」
 前半を聞き流してしまったが、可愛いことを言ってくれる。そうやって、おれを甘やかすから付け込まれるのに。
 とてもキスをしたいけど絶対それで止まらないだろうから、立てた指を唇にあてて、彼女の言葉を止める。
 照れながら慌てるとか反則級に可愛いけれど、きょとんとした顔も可愛いすぎる。外出は当分無しだ。
「今日は……甘やかすって決めたけど……何が良い?」
「え? えーと……」
 こう言う素直な反応も楽しい。話を聞いていないと分かっていながら、怒らずにこちらの話に乗るなんて。
 何かを思い付いた、瞳を輝かせた顔は脳内メモリアルに永久保存だ。可愛いすぎる。
「セシリアとお菓子を作りたいです!」
「お菓子……」
 危なくないだろうか。
 しかしゴーヤの時のように、目の届かない所で怪我をされるよりは良い。痛みをこらえる顔を見逃したのが悔しすぎる出来事だった。
「……うん。一緒に作ろう……何が良い?」
「えーと……」
「調理場に着くまでに……考えて」
「は、はい!」
 考え込む顔も可愛い。柔らかな手を引きながら、ゆっくりと歩き出した。
 彼女が決めるまで歩く、バレないような迂回路を考えながら。


writer : 廿楽


...happy whiteday and thanks a lot